熊野古道案内人の月山渉さんのガイドで
「土生の旧道を歩きながら地域の歴史を感じよう」
に参加してきました。
阪井宮司さんのご挨拶で、土生神社が創建920年を迎えることや
東岸和田駅前の再開発で土生町も大きく変わる節目だということを
おっしゃっていました。
土生町の人口は岸和田で一番多いそうで
調べてみたら人口で、約14,000人!
(ちなみに私の住んでる町は約2000人...)
参加者は約30名くらい。
地域のミニコミ誌で見たという方が多く、市内の人が多いようでした。
土生町のことに関心のある人や歴史好きな人(郷土史家のEさん発見!)

地図を見ながら土生の地形の特徴をみると
ため池が多くあります。
道も水路ぞいや池ぞいに発達したとのこと。
住む人にとっても、旅人にとっても
水のある場所は重要だったんですね。
土生神社に置かれている道標。
「東ハ 山だい」
「西ハ きし かいづか」
「南ハ わか山」
「北ハ さかい」
]
月山さんのお話は、わかりやすいなあと思っていたら
学校の先生をしてたそうです。
やっぱり案内人の話がわかりやすいとまち歩きも楽しいものになりますね。
道ノ池(どうのいけ)の堤にあるお地蔵さんの道標。
(左)坐像 廻國
(左) すぐ きしハた かいつ 左---
(裏)南無妙法蓮華経 」

土生村中の道標。
「(右) 南 流木 水間寺 大木
(東) 地蔵立像 すく泉光寺 西ハ岸和田 道
(左) 槙尾寺 牛瀧 」

普段目にする代わり映えしない道には、
様々な物語があったんやろうなあと想像&妄想する。
旅人に恋をした女性が和泉式部の恋淵の池で
顔をあらったんやろうかとか・・・!?
歴女にはなりきれない「にわか」歴史好きですが、
こうやって今まで歩いたことなかった道も、
いろんな歴史を感じながら歩くと
いつもと風景が違って見えてくるから不思議。
今は地図なんかはインターネットでさくっと検索してしまいますが
昔々、旅人は道標を頼りに熊野へと先へ急いだのだろうか。
まち歩きは、特別なことではなく
いつものまちを見る角度を変えること。
それで自分たちのまちを好きになって語る人が増えることで
守ろう伝えようという思いが増える。
長崎さるく博のように、簡単にはいかないだろうけど
普段のまちにいっぱい宝物があることをもっと気づきたいと思う。
































