
岸和田ボランティアガイドが行っているガイド研修を
和歌山六三園と和歌山城で行いました。
往路では岸和田五風荘のおかみよりがんこの経営や
店舗展開などについて学びした。
和歌山城では現地ガイドの案内で、城内を詳しく見学いたしました。

岸和田ボランティアガイドが行っているガイド研修を
和歌山六三園と和歌山城で行いました。
往路では岸和田五風荘のおかみよりがんこの経営や
店舗展開などについて学びした。
和歌山城では現地ガイドの案内で、城内を詳しく見学いたしました。

東京には岸和田ゆかりの場所が点在しております。
山王祭 神幸祭行列が通る近辺にあるこの建物は旧司法省で、
現在は法務省赤れんが館と呼ばれています。
明治28年に建てられましたが、岸和田藩最後の藩主岡部長職公は
明治4年に東京へ移住し、政界で活躍し、明治41年に桂内閣で司法大臣を務めます。
つまり岡部長職公はこの司法省の建物内で公務を行いました。
場所は警視庁に隣接しており、江戸城桜田門の目の前です。
重要文化財の素晴らしい建物です。

岸和田地車祭礼を始められた岸和田岡部家三代目の長泰公が
城内三之丸に稲荷社を設けた動機を解明することを自分自身のライフワークとしています。
その最有力候補が江戸の山王祭を見聞しながら育った環境が
強く長泰公に影響を与えたと考えています。
江戸の岸和田藩上屋敷は山王祭の日枝神社に隣接していました。
また参勤交替制度は大名の人質を江戸に留め置く制度で、長泰公も江戸産まれ、
江戸育ちであり、岸和田藩邸から隣接の日枝神社山王祭を見聞した経験が
大きく三之丸神社祭礼に影響したと類推しております。
二年に一度の神幸祭は本日、挙行されています。
祭礼行列は江戸城内をはじめ氏地を巡行し、夕方に日枝神社に戻ります。
先頭は必ず諌鼓鶏の出車です。
江戸の祭礼はお神輿のイメージがありますが、それは明治以降のことで、
江戸時代は出車行列が中心でした。
驚くほど山王祭と岸和田地車祭は共通点があり、
今年も無事に出車が日枝神社に戻ることを願って止みません。

岸和田ボランティアガイドは土曜、日曜、祝日に岸和田だんじり会館でガイドをしています。
受付は一階にありますが、あまり目立っていません。
この様子を見ていた美似地車倶楽部の皆様が受付看板を製作して下さいました!
早速に受付に置かせていただきました。
地車正面の破風の下に看板が付いていますので、
だんじり会館へお越しの時は御覧になって下さい!

自然総研の皆様が岸和田に来られました。
自然総研とは池田銀行グループの会員組織で、
セミナーや散策等のイベントを行っている団体です。
5月より泉州銀行と合併し、池田泉州銀行となりました。
今までの泉州銀行の岸和田本店が合併により梅田に本店が移動したのは、
寂しい感じがいたします。
しかし、池田銀行という素晴らしいパートナーを迎えて、
発展して欲しいと感じました。
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岸ぶらがー:岸和田ボランティアガイド「N」