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日枝神社 例祭 神幸祭

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岸和田地車祭礼を始められた岸和田岡部家三代目の長泰公が
城内三之丸に稲荷社を設けた動機を解明することを自分自身のライフワークとしています。
その最有力候補が江戸の山王祭を見聞しながら育った環境が
強く長泰公に影響を与えたと考えています。


江戸の岸和田藩上屋敷は山王祭の日枝神社に隣接していました。
また参勤交替制度は大名の人質を江戸に留め置く制度で、長泰公も江戸産まれ、
江戸育ちであり、岸和田藩邸から隣接の日枝神社山王祭を見聞した経験が
大きく三之丸神社祭礼に影響したと類推しております。


二年に一度の神幸祭は本日、挙行されています。
祭礼行列は江戸城内をはじめ氏地を巡行し、夕方に日枝神社に戻ります。
先頭は必ず諌鼓鶏の出車です。
江戸の祭礼はお神輿のイメージがありますが、それは明治以降のことで、
江戸時代は出車行列が中心でした。


驚くほど山王祭と岸和田地車祭は共通点があり、
今年も無事に出車が日枝神社に戻ることを願って止みません。

 

 

 

 

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コメント(1)

在東京岸和田人 | 2010年6月13日 19:38 | 返信

山王祭と岸和田の関係重要ですね。
今度是非近くの三部坂も見て下さい。三部の「部」の一つは岡部の「部」です。あとの2つの「部」は各自調べてください。
日比谷高校のあるところが、昔岡部さんの上屋敷です。岸和田高校と日比谷高校が姉妹校にならへんかと言ったこともありますが。。。

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