まちしるべ「岸和田古城跡」と自主学習グループ「みち」

すでにボランティアガイドNさんと、ママがレポートしてくれてるように、
野田町1丁目、通称照日山に存在したという岸和田古城伝説。
その石碑と解説案内板が先日、関わった大勢の方々の前で披露されました。
式典後の"内々"集合写真のシーンです、みなさんうれしそう。
宅地化が進むなか、平成18年から19年にかけて調査が行われ、
岸和田古城伝説の存在はほぼ確定。
大正10年に大阪府が設置していたという石碑も、いつ復元できるものか
長い時間を費やす経緯がありました。
楠木正成が摂津、河内、和泉の三国の守護となった14世紀建武元年(1334)。
甥の和田新兵衛高家が代官として、ここ照日山に要塞を築きました。
このあたりは"岸"と呼ばれる土地であり、そこにやってきた和田氏。
よって生まれたのが「岸和田」という説、伝承です。
ここは岸和田城の前城地であるとともに、岸和田市民にとって
大切な場所、ルーツを証明する歴史的空間資源ということができます。
石碑再建にさきがけ、岸和田古城を考える会が発足。
地域活動としてさまざまな団体、個人が粘り強く交渉をすすめた模様です。
宅地開発を進める民間企業のご理解、岸和田市のバックアップ、地域の方々、
そしてその推進に寄与した団体として、自主学習部ループ「みち」があります。
まちしるべ二例目、岸和田煉瓦跡。
「みち」のメンバー、オブザーバーは
こちらでも関わり、レンガ修復活動に
積極的に参加されました。
(クリックで拡大)
まちしるべ第一号、
熊野古道池田王子跡。
一昨年12月の設置ですね。
この除幕式も印象的でした。
(クリックで拡大)
自主学習グループ「みち」の一年間の学習報告をまとめた
「みち 第八号」(8年目ですね)という冊子を頂きましたが、
総144ページと大変ボリュームのあるものです、いやはやすごい。
その活動の一端は、岸和田市のホームページでも垣間見れます。
●関連リンク
・「郷土文化室所有の古写真からみる岸和田の文化財」岸和田市
「道を通して郷土を知る」がみなさんの学習テーマ。
硬いのか?難しいのか?歴史マニアの集まりか?そんな憶測は不要です。
普通に自分の住まうまちについての素朴な疑問を、
少し踏み込んで探求されているだけです。
岸和田のことが好きな、普通のおっちゃん、おばちゃんです。
「みち」主催の学習会やヘーイグリーン作戦の講演会など、
一緒に参加できる機会がありますので、軽~いノリで活動に触れてみませんか?
自主学習グループ「みち」は、岸田のオモロイ人たちなのです。
あらら、
岡部家ご子孫の岡部長礼さん登場
(登城か!?)。
古城の城主とはつながってませんが、
岸和田のお城つながりですね!
さて除幕式のあと、
紅白幕を取り外すと・・・
ちょっと後ろの賃貸住宅看板、
気になりますね。
最後のもう一分張り、調整頼んます。
●関連エントリー
・「古城跡~時をかける場所」ママのブログ
・「和田氏居城伝説地 石碑 再建」岸和田ボランティアガイドのれきしぶら








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