自主学習グループみち、写真整理事業つぶやきの続編
「いやぁーお城できる前やん、なつかしぃー(クリックで拡大)」
「私らようここで遊んだわ、これ五風荘の前から撮ってるなぁ。」
「"おてんしさん"に行く言ぅたな」
「おてんしだい、おてんしさま。」
「天守?天主?天主やないなぁそら、漢字をあてるんわむつかしいしぃ」
「お城(天守閣)、いつでけたんやっけ?」「29年。」
「おおぉー茶屋があった、写ってる!」
「2軒あったやんなぁ!!(クリックで拡大)」
「よぉーかんとだき食べた。なつかしぃー」
「お庭よく見てみぃ、砂目が青海波
(半円形を三重に重ねた文様)や、
今とちゃうしぃ」
「これが正しいんかの?」
「そら重森三玲さんに聞いてぇや」
「そやろ!」
「奥さんお美しい!(クリックで拡大)」
「そやろ!お城できたときや。
何や言うたらお城に遊びに行って
写真撮ったわ。
春木から紀州街道歩いてなぁ」
「おてんしだいに遊びに行くぅ言うた」
「橋写ってるやん、欄干こんなんやった?」
「横にボート屋あった!」
「子どもにお城行こう言うたらみんな喜んだ・・・」
自主学習グループ「みち」のみなさんが、今日もつぶやいております。
前回のレポートに引き続き、あまりにもオモロイんで、
今回は写真をちょっぴり紹介しつつ、レポートです。
元ぼく会館(岸城町)で発見された昭和30年代の岸和田の文化財、風景写真。
これに郷土文化室の所蔵写真、
さらに上の西村さんのように、
お手元に保存された
プライベートな写真も持ち寄って
つぶやきます(楽しそう・・・)。
このつぶやきを記録して、膨大な写真整理という
一大事業が進んでいます。
実は同時並行で記録するのも
大変な作業なのです。
ようけ石垣あったんや」
「防潮言うねんから、この先は海か?」
「せやで、もうすぐ浜あったわ。」
「せやけど、石垣には
このゴミ箱が似合うなぁー
(クリックで拡大)」
「こんなん宮本町にいっぱいあるで」
「よう考えたら珍しいかな?」
「うちら春木には、こんなハイカラなん無かったでぇ、みかん箱やった。
ほんでなその上でバイ(ベーゴマか?)すんねん。」
「ほんでこれ、どうやってゴミ集めるのん?」
「えっとな、"さらえ"っちゅうのがあってな、こうやって前が開いてな、こうなって・・・」
「ゴミの人がやってくれたん?生ゴミも?どうやって?」
「そやからこうなってる所を、こうやってやなぁ」
「ゴミの人ってだれなぁ?」
「市がやってたん?」
「どやろ」「さあ」
「トラックで集めたたで、見たことある」
「せや、あのトラックに乗ってえらい怒られたわ!」
「今と違ってゴミが少なかったはずや。」
「それは言えるなぁ、ゴミの種類が違うかった。」
「でも昔は何でもかんでも、路地の溝に捨てたわ」
「そうそう、おばあちゃん今でも何でも川に捨てよるよ。」
「ゴミ箱は今もあるけど、暮らしは変わったなぁ・・・」
さすがの梅田の人も、全てのつぶやきを記録できません。
しかしこの雰囲気、面白さ、お分かりいただけたのではないでしょうか?
さて・・・・
これら写真の整理がそこそこ一段落したら、写真展を実施してもらいたいものです。
できるなら自主学習グループ「みち」のみなさんのつぶやきを、
写真の額縁の下に読めるカタチで付けていただいて。
この写真展の実現には、岸ぶら編集部も全面協力してもらいます。
岸ぶらツイッターで実験的に写真を掲出して、
日本中からつぶやいてもらっても面白いと思います。
あっ、それは写真展の告知にすればええわけや。そうすると・・・
そのツイッターでつぶやいてくれた内容も、写真展で追加で張り出したりして。
この写真でつぶやいておりますね。
メモ書きが読めます(クリックで拡大)。
「五輪塔の形は非常に良いが
あまり祀る人もなく、
現在はマーケット横の広場に
ポツンと取り残されている」と、
江戸初期の岸和田藩主松平康重の墓。
と・・・今もそのままやんけぇー!
●関連エントリー
・「つぶやきを伝統文化・景観の保全に、まちづくりに!」
・「まちしるべ岸和田古城跡と自主学習グループみち」
●関連リンク
・「郷土文化室所有の古写真からみる岸和田の文化財」岸和田市








写真展、めっちゃ期待しています。
関係者の皆様、頑張って下さいね!
のんちゃんへ
だんじり会館で近々、この写真展ができるように
お願いしにいこうと考えています。
上手く話が進んだら、のんちゃん・・・
同じ時期に蛸地蔵商店街でも同様テーマの写真展&
なつかしの生活道具展、
どこかの店舗を使って開催しませんか?
考えておいてねー
昔の写真(その中の着物人は特にツボ)、みちのみなさんのつぶやき最高です!!写真展の実現待ち望みます。
玲音さんへ
毎度です。着物おもしろいです、また、お母さん達の髪型がなんとももう・・・という感じです。